福井県内で働く人のメンタルヘルスに関する調査

主任研究者・・・福井産業保健推進センター所長中上光雄

共同研究者・・・福井産業保健推進センター相談員・・・梅澤有美子

福井医科大学環境保健学講座・・・日下幸則

福井医科大学環境保健学講座・・・長沢澄雄

福井精神保健福祉センター・・・間所重樹


はじめに.

福井県は共稼ぎ率が高く、男女が共同して働いている県である。昨今の不況下で大きな打撃を受けているはずだが、他県と比較すると自殺死亡率が低いなど、メンタルヘルス面での強靭さも示している。

そこで今回、労働者の仕事と生活の実態および労働者自身が感じているストレスの調査によって、今後のメンタルヘルスケアの方向性を探った。

U.対象と方法

対象者:福井県内の製造業(従業員50人以上)で同意の得られた52事業場4967名中3990名(回収率80%)。男2296名、女1676名、無効18名。年代構成は図1の通り。60歳代は少ないが他はほぼ同じ割合である。

調査方法:無記名自記式の調査票を配付、個別に記入後、事業場から当センターへ一括送付とした。

調査票内容:雇用形態、勤続年数、役職、勤務時間等の労働状況に関する項目。睡眠時間、家族構成など生活状況に関する項目。「作業関連予防に関する

研究」班健康影響評価グループ作成の「仕事のストレス判定図」簡易版による12項目。ツングSDS自己評価式抑うつ尺度20項目によって構成。

V.結果と考察

1. 労働状況に関する項目

@正社員が多い:男性9割以上、女性8割が正社員。

A勤続年数が長い:全体の6割が勤続年数10年以上である。勤続20年以上が40歳代で5割、50歳代では7割近くいる。

B女性の役職者は少ない。役職では、女性は9割近くが一般職で課長以上は1%しかいない。

2.生活状況に関する項目

@福井でも晩婚化:既婚者は全体の7割弱。20歳代では8割弱が未婚。男性は40歳代でも1割強が未婚である。

Aやはり3世代同居が多い:既婚者の5割が3世代同居で、核家族は3割弱である。

Bパラサイトシングル:未婚者の7割強が親と同居のいわゆるパラサイトシングル。未婚の一人暮らしは男性29%、女性8%。

C夫婦2人暮らし:子どもが巣立った60歳代(32%)、50歳代(14%)と、子どもがいない20・30歳代(8%)の順。50歳代は夫婦と老親の家庭も他の年代より多い。

3.生活時間に関する項目

@朝の時間:男性の3/4は起床から1時間以内に出勤するが、女性は半数が1-2時間を過ごす。その間に行なっていることが表1である。男女とも朝食をとり身支度を整えて出勤している。女性は家事、男性は新聞に時間を割いているところが大きな違いである。

表1朝出勤前に行なっていること

男性・・・・・・・・・

女性・・・・・・・・・・

身支度

83

身支度

82

食事

81

食事

76

新聞・テレビ

67

家事

68

子の世話

5

新聞・テレビ

29

家事

5

子の世話

17

A職住接近:6割の人が10km未満の通勤距離。特に女性は2割が2km未満で、それを含めて5割の人が5km未満の近さに職場がある。

B勤務時間:図2のように女性8割が7-9時間の8時間労働で、男性の半数は9時間以上働いている。

C管理職の7割、技術専門職の5割が9時間以上働いている。

Dアフター5の家事:アフター5の過ごし方は表2のとおり。家事をするのは専ら女性で、40・50歳代の女性は96%。20歳代の女性だけが4割と少ないのはパラサイトたる所以。家事をする男性は年代や既婚、未婚に無関係に15%で、離別死別した男性4割弱が家事をしている。

表2アフター5に行っていること

男性・・・・・・・・・・

女性・・・・・・・・・・

テレビ・ビデオ

84

家事

81

趣味・娯楽

51

テレビ・ビデオ

78

会話・交際

34

会話・交際

42

休息

27

休息

30

家事

16

趣味・娯楽

18

Eアフター5、男女別の比較:テレビ、趣味、スポーツを楽しむのは、男性が女性より多い。家事と会話は女性のほうが多い。

F男性でアフター5に趣味、スポーツ、会話を楽しむのは20歳代で最も多く、年代があがると減っていく。

G反対に「勤務先以外の仕事」と「社会参加」は年代が上がるとともに増えている。

H睡眠時間:男女ともに6-7時間の人が半数、7-8時間の人も2割。5時間未満の人は5%と少ない。

I休日:休日は月に69日の人が6割。月に3日以下の人が8%。

J休日と平日のアフター5は、男性の「テレビ」「趣味」「会話」と、女性の「家事」「テレビ」「会話」は変わらず、男女とも「行楽・散策」が4番目にあがっているのが休日の特徴。スポーツをするのはほとんど男性。

4.生活環境に関する項目

@      実家:女性の半数は車で30分以内に実家があり、そのうち3割は15分以内。30歳代の女性は実家と頻繁な行き来をしている。実家に子供を預けていると考えられる。

A      交友:男性「仕事仲間」「学生時代の友人」「趣味仲間」「親戚」「隣近所の人」の順である。女性は「「仕事仲間」「学生時代の友人」「親戚」「隣人」「子を通しての知人」の順である。

B      交友相手の推移:20歳代では学校時代の友達が中心。年代が上がるとだんだん仕事仲間が増え、特に40歳代男性では仕事仲間ばかりとなる。それが50歳代になると親戚や隣人が主流になってくる。

C      ストレス解消法については表3の通りである。

表3ストレス解消法

男性・・・・・・・・・・

女性・・・・・・・・・・

休息・睡眠

41

買い物

57

38

雑談

44

テレビ・ビデオ

37

42

パチンコ・ゲーム

30

テレビ・ビデオ

31

ドライブ・旅行

スポーツ

26

26

ドライブ・旅行

外食

23

22

D      40歳代以上男性の場合の1位は酒。実際に50歳代男性の60%が毎日飲酒している。

E      酒:男性の4割は毎日飲酒。20歳代は15%だが、年代が上がると増え、50歳代では6割。

F      喫煙:男性は5割強、女性は1割弱。

G      禁煙:男性の場合、以前吸っていてやめた人は20歳代では1割強、40・50歳代では2-3割、60歳代の人は4割と年代が上がると増えている。

H      女性の喫煙者:全体の1割。20歳代の女性は15%、40歳代,50歳代は6-7%。

5.対象者の仕事に対する意識

@      「一生懸命働かなければならない」に、「そうだ」と答えるのは20歳代35%で、年代順に増加し60歳代では65%。

A      非常にたくさんの仕事をしなければならない」に関して74%の男性、68%の女性がほぼ(そうだ+まあそうだ)肯定。20歳代は否定が多い。男性3割強、女性4割強が否定。

B      「時間内に処理しきれない」にほぼ肯定するのは、男性64%、女性50%

C      11時間以上働いている人の9割が時間内に仕事が処理しきれない」としている。

D      「自分のペースで仕事ができる」に対しては、男女とも6割前後がほぼ肯定。

E      「自分で仕事の順番・やり方を決めることができる」は、男性72%、女性59%がほぼ肯定。

F      「自分の意見を反映できる」には男性60%、女性39%がほぼ肯定。「ちがう」の回答は女性24%。

G      男性は女性より仕事の量的負担感が強い一方、重責にあるという意識も強いと考えられる

6.仕事場での対人関係

@      同僚に関して男女とも7割前後が「ほぼ(非常に・かなり)気軽に話せる」。約5割が「ほぼ頼りになる」。「ほぼ相談にのってくれる」としているのは4割前後。

A      男女とも、同僚とはほどほどの交流がある一方、上司に関して女性は男性より距離を感じている。


B      図3のように男性の45%は上司と「ほぼ気軽に話せる」が、女性は26%。さらに「全く話せない」とする女性は15%で、男性より多い。

C      「ほぼ頼りになる」との回答も、男性は47%だが女性は29%である。「ほぼ相談にのってくれる」と回答したのも男性34%に対し、女性は19%と少ない。

D      勤続年数が長い40・50歳代の女性は上司に対してシビアな見方をしている。

E      20歳代の男女は上司を「頼りとする」と回答した者が他の年代より多い。

7.ツングSDS自己評価式抑うつ尺度

@      ツングSDSで「問題なし」は男性で4割、女性で3割に過ぎず、抑うつ感が強い。


A      4のように、若い人が中高年より不調感が強い。同様に女性のほうが男性より、一般職のほうが管理職より抑うつ感が強かった。

B      仕事の負担が多い中年男性のうつ度が低いのは、弱音を吐かないという価値観から、自分のストレスに気づき難いのではないかと考えられる。

以上を総合すると対象者の中に大きな3群があることが分かる。(表4)

表4特徴ある3群

20歳代→40歳代以上

3群

(男女ともに)

未婚

親と同居

定時に退社

家事は少しだけ

after5は多彩

一生懸命は嫌

仕事は物足りない

不全感

上司を信頼

一般職

1群
男性

勤務時間が長い

ストレスの自覚少ない

仕事に自信

毎日飲酒

家事は手伝い程度

役職、専門職

2群
女性

定時に退社

ストレス自覚

家事に追われる

買い物と雑談が好き

上司にはシビアな目

2、30年ずっと一般職

@第1群は、仕事に思い入れが強い40歳代以上の中年男性群で、ふだんは良いが配置転換や加齢などで仕事の責任が果たせなくなった時に落ち込む傾向がある。

A      第2群は中年女性群で、与えられた仕事はこなし、上司を立てているけれど尊敬はしていない。多忙で自分を顧みる時間がない。

B      第3群は20歳代男女の若年代である。仕事や家事の負担も少なく若さを謳歌できるはずだが、実際は不全感、疲労感が強い。

C      両群の違いには「男は仕事、女は家庭」という旧来の意識が影響していると考えられる。

D      若年代が仕事にも家庭にも消極的なのは、「仕事と家庭の両立は大変だ」「一生懸命仕事しても尊敬されない」などのネガティブメッセージを中年群の姿から受け取っているからとも考えられる。

E      仕事に対して、中年男性群は自信と責任を持ち、中年女性群はそれを持たされなくて、若年群は持つことに躊躇している。

8.終わりに

このように、労働者の抑うつ感が強いのは、他県と同様であった。それにもかかわらず、福井の労働者たちは、ちゃんと眠り、きちんと食事をし、装って出勤するなど、心身の健康の基盤を守っている。これは、職住接近による時間の余裕や、身近にある実家や地域によって支えられてきたと考えられる。男性にとっては親戚や地域での役回りを勤めることで達成感やプライドが満たされ、女性は子育てと家事の支援や話し相手が得られた、精神的危機が回避されてきたと思われる。今まではこれは個人の絆によって行われていたが、今後は地域、社会、職場が重複して、広く安定した支援を果たすべきではなかろうか。そこで、職場のメンタルヘルスを増進するために「仕事場に家庭の事情や地域の行事を持ち込もう」と提案したい。女性でも40年間勤続する時代がきている。子育て期間などその半分にも満たない。例えば正社員の4時の退社、週休3日などができれば子育て中の女性は助かる。目新しいことではなく、保育園のお迎えのために毎日30分の早退や介護のための昼休みの延長、農繁期など、個人の事情に応じた休暇は昔からあったはずである。それが特別扱いではなく、誰にでもある人生の一時期の状態として職場でも社会でも受入れたいものである。正社員とパート社員の格差、家庭における男女の役割の違いについて、お互いに足を引っ張り合いたくないものである。

仕事に自信と責任を持つこと、人も自分も共に尊重できることが職場だけでなく人生にとって大切なことであろう。

そして若年群が上司を信頼している今、職場内ではもちろん、地域の伝統や行事、親戚の集まりにおいて一生懸命にやることを教え、物事を成就する喜びを中年から若年群に継承したいものである。